映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」

Category - 未分類 作成者:友弘 克幸

「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」

最初に、映画のクライマックスシーンで出てくる一文を紹介したい。本作品のテーマは、この一文に凝縮されている。

”The Founding Fathers gave the free press the protection it must have to fulfill its essential role in our democracy.

The press was to serve the governed, not the governors.”

(建国の父らが「報道の自由」に保護を与えたのは、それが私たちの民主主義において不可欠の役割を果たすと考えたからである。

報道は統治する者ではなく、統治される者にこそ、奉仕すべきものである。)

トランプ大統領が大手メディアの報道を「フェイク」と批判し、ネット上には虚偽の「ニュース」があふれている。ヨーロッパでは、「パナマ文書」報道に参加したジャーナリストが殺害されるという痛ましい事件も起こった(2017年10月)。

このような時代に、この作品を世に送り出したスピルバーグ監督に、私は惜しみない賞賛の言葉を贈りたい。

 

映画の原題は、「The Post」。つまり、ワシントン・ポスト(WP)である。同紙は、「ウォーターゲート事件」をめぐるスクープでニクソン大統領を米国史上初の任期途中の辞任(1974年8月)に追い込んだ、米国を代表する新聞社であるが、映画で描かれるのは、その数年前の出来事である。

ベトナム戦争に対する疑問や反戦の気運が米国内で高まっていた1971年。政府は、国民に「戦況は好転しつつある」と繰り返していた。ところが、泥沼化する戦況を正確に分析・記録した国防省の最高機密文書=通称「ペンタゴン・ペーパーズ」=の存在をニューヨーク・タイムズ(NT)がスクープし、政府の欺瞞が明らかにされる。

ライバル紙であったWPは、編集主幹のベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)らが文書の入手に奔走。なんとか文書を手に入れることに成功する。ところが前後して、ニクソン政権は文書の詳細内容が報道されれば国家の安全を脅かすとして、報道の差止めを要求。ペンタゴン・ペーパーズに関する記事を掲載すれば、WPも同じ目にあうことが危惧される状況となった。

折しも当時のWP社は、亡き夫に代わり発行人・社主に就任していた女性キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)のもと、経営再建中。仮に報道差止めとなれば、投資家達が出資を引き上げ、社の経営が行き詰まるおそれすらある。記事の掲載を巡り、会社の経営陣とブラッドリーら記者たちの意見は対立。キャサリンは「経営の安定か、報道の自由か」の間で究極の判断を迫られる。

これ以上書くと、「ネタバレ」になってしまうのでやめておく。ぜひ映画館で見てほしい。

 

ところで、冒頭の言葉は、出版差止めをめぐる裁判で連邦最高裁判事の一人が述べた言葉の一節である。本作品では、WPの編集部で固唾をのんで判決の結果を待っていた記者が電話で聞き、多くの同僚たちに大声で伝えるのだが、記者の喜びと、記者としての誇りに満ちた表情が印象的だ。

この映画には、他にも印象的な言葉、印象的なシーンが多く出てくる。ここではすべてを紹介することはできないが、人によって、「この台詞が好きだ」「このシーンに泣けた」というのがあるだろう。いずれにしても、名優達の名演技も加わって、見る者の胸を熱くさせる名作である。見て損はない。

最後に少しだけ、日本の話をしよう。

「国境なき記者団」が毎年発表する「世界報道自由ランキング」(通称:報道の自由度ランキング)。日本はここ数年、特定秘密保護法への懸念などから順位を下げ続け、目下、2年連続でG7中最下位の座に沈んでいる。

しかし、決して暗い話題ばかりではない。

私は長らく朝日新聞を購読しているが、実を言うと、ここしばらく元気がなかった同紙を心配していた。ところが、3月2日付け朝刊で「森友文書 書き換えの疑い」という渾身の大スクープ。ペンの力で、政権を窮地に追い込んでいるのは周知の通りである。

そう、報道は統治する者ではなく、統治される者にこぞ、奉仕すべきものである。