12/14 「手話通訳」騒動に思う

Category - 最近のニュースから 作成者:友弘 克幸

個人的な話で恐縮ですが、

大学時代、手話を学ぶサークルに入って、

聾(ろう)の方に手話を教えていただいていました。

 

高校時代に英語が好きで、もともと言語やコミュニケーションに興味があったので、

手話で会話できたら楽しそうだなあ、という単純な動機からです。

 

大学を出て以降はほとんど手話に触れる機会もなかったので、

もうかなり忘れてしまっているのですが、今でも、

街中で手話を使っている人がいると、ついつい、そちらが気になってしまいます。

(もっとも、「ネイティブスピーカー」どうしの手話会話のスピードについてゆけるほどの

能力はないので、会話の中身まではほとんど理解できないのですが。)

 

少し前の話題になりますが、10月8日に、

鳥取県で「手話言語条例」が成立したというニュースがありました。

 

条例では、手話を「独自の言語体系を有する文化的所産」と定義して、

県や市町村の責務として手話の普及や県民の理解促進に努めると定めているほか、

事業者は聴覚障害者が働きやすい環境整備に努め、

聴覚障害児が通う学校には手話を学び、

手話で学べるように教職員の技術を向上させるよう努めることを明記しているそうです。

 

鳥取県は、平井伸治知事自身が大学時代に手話を勉強された経験を持つことから

こういった条例の成立につながったようです。

 

手話が「独自の言語体系を有する文化的所産」というのは全くその通りだと思います。

私は専門家ではありませんので厳密には説明できないのですが、

伝統的な手話は、「目で見てイメージできる、伝わる」ということが一番大切なので、

日本語の文法とは語順などがかなり異なっているように思います。

 

また、「英語」と「日本語」があるように、国によって手話表現は異なりますし、

もっというと、日本の中でも地域によって「方言」があります。

たとえば「名前」という表現は、

私が習った関西手話では左胸に右手で「名札」の形を作って表すのですが、

NHK手話ニュースなどで使われる「標準語」では、

左の掌に拇印を押すような表現をするようです。

 

ちなみに、これは手話を勉強するようになって聾の方に教えていただいて

初めて知ったことですが、かつて、多くの聾(ろう)学校では、

授業中はもちろん、生徒同士でも手話を使うことが禁止されていたそうです。

 

聾者が社会で生きていくためには健聴者の話し言葉を口の動きから

読み取る能力を訓練することが重要であり、手話を使うことはその妨げになる、

というような考え方に基づいていたようです。

 

このような歴史をひも解いてみると、鳥取県の条例がいかに画期的なものか、

ということがよく分かります。

 

いっぽう、手話に関する話題と言えば、

南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領の追悼式で、

「手話通訳」をしていた男性の手話がデタラメだったのではないか、

というのが大変な話題になっているようです。

 

ワイドショーなどでは、彼の「手話」を無理やり解釈するとどういう意味になるか、

というようなことで盛り上がっていますが、

私が気になるのは、彼個人の経歴などもさることながら、

南アフリカ政府が今回の追悼式にあたって、

手話通訳についてどう認識していたのか、という点です。

 

くだんの男性は、約4時間にわたって、オバマ大統領をはじめとする

世界の要人の横に立って、「手話通訳」を1人で続けたそうです。

 

しかし、普通に考えて、約4時間にもわたって、

たった1人で手話通訳を続けるというのは、肉体的疲労や集中力の面から見て、

相当難しいのではないでしょうか。

私自身、ある事件の法廷で聾者に対する証人尋問を行ったことがありますが、

そのときも、手話通訳者は必ず2人で、1時間か2時間ごとに交代をされていました。

 

南アフリカ政府が、もし本気で手話通訳の必要性を考えていたのであれば、

彼の能力・経験のなさは見抜けなかったとしても、

少なくとも、「複数の通訳者を用意していた」だろうと思うのです。

 

外務省のサイトによれば、南アフリカ共和国では、

英語、アフリカーンス語、バンツー諸語(ズールー語、ソト語ほか)の

合計11もの言語が公用語に定められているそうです。

 

これは、マンデラ大統領が、少数民族同士がケンカをせず、

仲良く国を運営していくために、

少数民族の言語も含めて公用語にした結果だと聞きました。

 

マンデラ大統領は、聾者の「言語」である手話についての今回の

南ア政府の対応をみて、とても残念に思っているのではないでしょうか。