9/28 「就活自殺」

Category - ブラック企業問題, 書評 作成者:友弘 克幸

今野晴貴さん(1983年生まれ)の「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」(文春新書、2012年11月20日発行)と、

濱口桂一郎さん(1958年生まれ)の「若者と労働 『入社』の仕組みから解きほぐす」 (中公新書ラクレ、2013年8月10日発行)を、

立て続けに読みました。

今野さんの本は、現場で1000件以上の若者からの労働相談を受けてきたという自身の経験を踏まえて「ブラック企業」の実態を告発し、それを社会問題としてとらえることの必要性を説いている本です。

単に「ブラック企業に入らないようにしよう」ということでは社会的問題として解決できない、として、若者自身がNPOや労働組合を通じた横方向の連帯関係を構築し、「ブラック企業をなくす社会的な戦略」を取ることで社会を変えていこう、と呼びかけている点が、同世代の1読者としても心に響きます。

(余談ですが、文芸春秋社のホームページに掲載されているこの本の「内容紹介」は、「ブラック企業の見分け方」「入ってしまった後の対処法」の指南、というところにだけ焦点を当てていて、著者の執筆意図と少しだけずれているような気がします。このほうが売れるのかもしれませんが・・・)

いっぽう、濱口さんの本はもう少し学術的な性格が強く、労働省やEUでの勤務、政策研究大学院大学等での研究を踏まえて、日本の若者雇用に関する政策の推移を「ジョブ型社会」と「メンバーシップ型社会」という概念を用いて整理し、今後に向けた提言をされている好著です。

これらの本を読んでいてふと思い出したのですが、9月10日~16日は、「自殺予防週間」でした。

実は、私が、少し前からずっと気にかかっている言葉が、「就活自殺」という言葉です。

「就活自殺」というのは、「就職失敗」を原因・動機とする自殺のことで、警察庁の統計によると、5年前(平成19年:60人)と比べて、昨年は2.5倍にまで急増しているというのです(→NHK「視点・論点」9月10日放送)。

両親に大切に育てられて、高校・大学を卒業して、さあこれから、というときに自殺しなければならないというのは、考えるだけでも痛ましい事態です。

私自身(1979年生まれ)は、大学在学中から司法試験を目指したので、一般に大学3~4回生が行うような「就職活動」の経験はありません。

しかし、世代としては、ちょうど就職氷河期(1991年~2001年頃)がそのまま中学、高校、大学時代ともろに重なっていますので、「就活自殺」の問題はとても他人事とは思えないという気持ちがあります。

今野さんは、

「日本の就職活動においては、『何が採用の基準となっているのか』がはっきりしないため、不採用とされた学生はひたすら自分の内面を否定し続けることを求められる。象徴的な言葉が『自己分析』である。生まれた時からこれまでの態度、自分がどういう人間であるのか、こうした抽象的な次元で自分自身を否定し、企業にどうしたら受け入れてもらえるのか考え続けさせる。ある種の精神的な試行錯誤、自己変革が求められている。」(「ブラック企業」193~194頁)

と指摘しています。

そして、濱口さんはこの指摘を引用したうえで、さらに、

「ジョブ型社会であれば、具体的な職業能力がないために不採用になったのであれば、それを改善するために職業訓練を受けるという建設的な対応が可能ですが、メンバーシップ型社会的な全人格的評価で自己否定することを求められるということは、『自分が悪い』という一種のマインド・コントロールに若者を陥らせていくということでしかありません。こうして不採用の理由がわからないまま『自己分析』を繰り返させる『人間力』就活が、ブラック企業を生み出しはびこらせる土壌になっているという今野氏の指摘は鋭いものがあります。」(「若者と労働」234頁)

と述べています。

ひょっとすると、中には、「なぜ、就職に失敗したくらいで自殺を?」と疑問に思う向きもあるかもしれません。

しかし、自殺一般の問題、あるいは過労死などの問題にも当てはまることではありますが、就活自殺も当事者の方の個人的資質、あるいは「若者世代の意識」といった曖昧なものに原因を求めるべきことではなく、やはり社会の側に構造的な原因がある問題として、とらえるべきことなのだと思います。