7/20 日弁連、意見書を公表(雇用の「規制改革」に反対する意見)
安倍内閣が閣議決定した「規制改革実施計画」の問題点、
とりわけ裁量労働制の「規制緩和」が長時間労働を加速し、過労死を促進するおそれがあることを指摘しましたが、
この問題について、日本弁護士連合会(日弁連)も、7月18日付で、
を公表し、政府に提出しました。
いかに今回の「規制緩和」が労働者の人権を侵害し、社会正義に反するものであるかが的確に指摘されています。
しかし、専門用語が多すぎて、そもそも「裁量労働制とは何か」について相当の予備知識がないと理解できない内容になっています。
せっかく良い内容を書いていても、多くの人に理解してもらえないのではちょっと残念です。
そこで、以下、私のほうで、できるだけ分かりやすく説明(翻訳?)を加えながら、意見書を紹介したいと思います。
(以下、太字部分が日弁連意見書。その他は私の説明です。)
「日本再興戦略」においては,企画業務型裁量労働制等の労働時間法制に関し見直しを検討するとされている。
(説明)
まずは、「企画業務型裁量労働制」について説明しましょう。
1.労働時間規制の大原則
現在の労働基準法では、使用者は、労働者を「1日8時間、週40時間」という枠の中で労働させなければならないことになっています。
このため、使用者は、始業時と終業時にタイムカードを押させるなどして、労働時間を1分単位で把握しなければなりません。
法定労働時間を超えた場合の割増賃金(労働基準法37条)も、1分単位で計算しなければならないのです。
2.裁量労働制の導入の経緯
1987年の労基法改正で、以上のような労働時間管理をしなくてもよい「例外」として認められたのが、「裁量労働制」という制度です。
裁量労働制が始まった当初は、
研究者や大学教授、新聞・雑誌記者、テレビや映画のプロデューサー、デザイナーやコピーライターなどの専門職
に限られていました。
こういった職種の人たちは、形の上では企業や大学に雇われる「労働者」ですが、その仕事の内容が限りなく「自由業」的です。
だから、「朝9時に出勤して午後5時に退勤する」という形で毎日タイムカードを押して、午後5時を過ぎたら1分単位で割増賃金をもらう、というような労務管理にはなじまないだろう、ということで、所定の労使協定を結べば、たとえば、「1日8時間働いたものとみなす」 というように取り扱うことが、認められたのです。
確かに、たとえば大学教授は国立大学法人や学校法人に雇用された「労働者」ですが、毎朝・毎夕にタイムカードを押している、なんてちょっと変な感じがしますものね。
3.裁量労働制の拡大 ~ 「企画業務型」裁量労働制の導入
ところがその後、このように労働時間管理を受けないことの許される労働者の範囲が、さらに拡大されることになりました。
1998年の労基法改正で導入された、「企画業務型」裁量労働制というものです。これは、
「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」
に従事する労働者についても、法律にのっとって制度を適法な手続きで導入すれば、大学教授や新聞・雑誌記者と同じように、1分単位での労働時間管理をしなくてよいことになったのです。
ここでイメージしている労働者は、市場を分析したり、それに基づいて企業の経営戦略を練ったり、というような労働者がイメージされています。
かみくだいて言えば、弁護士や公認会計士などの資格こそ持っていないものの、経営者の側にいて、その経営判断をサポートする、「ブレーン」のような方ですね。
そのような労働者は、上司に「この仕事をいついつまでにやってください」とこまごま指示されて動くのではなく、ある程度、自分の裁量で仕事の進め方を決めて、仕事をしてゆくことになるでしょう。
そうすると、「午前9時に出勤してタイムカードを押し、午後5時にはタイムカードを押して帰ります」というような労働時間管理になじまない場合もあるでしょう、というわけです。
さて、これにより、「裁量労働制」には
大学教授などの「専門業務型裁量労働制」 と、
「企画、立案、調査及び分析の業務」に従事する労働者の「企画業務型裁量労働制」
の2つの類型が認められて、現在に至っています。
4.企画業務型裁量労働制の問題点
ところで、既にお気づきのとおり、「専門業務型~」の場合には、対象となる労働者が大学教授、新聞雑誌の記者、などとかなり明確になっています。
これに対して、「企画業務型~」のほうは、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」とはいうものの、具体的な仕事がそれにあたるのかどうか、ちょっと判断に迷うようなケースも多そうです。
要するに、「もやもやしている」 感じなのです。
そのためもあって、「企画業務型」のほうは、制度が悪用されないように、「専門業務型」に比べて、導入の際の手続がかなり厳格になっています。
こまごました手続については、労働政策研究・研修機構の説明がよくまとまっていますので、そちらを見ていただければよいのですが、一番大事な要件は、「労働者本人の同意を得ること」です。
つまり、ある企業のある事業場で、
「この事業場では企画業務型裁量労働制を導入します」
と決めたとしても、「私はいやです、同意しません」と言った人については、依然として、タイムカードを押して、1分単位で労働時間管理をする、というやり方をしなければならないのです。
要するに、同じ事業場で同じ仕事をしていても、
「僕は、毎朝決まった時刻に必ずタイムカードを押して、帰りもタイムカードをがっちゃん、なんて窮屈な働き方はごめんだね」という人は裁量労働制の適用を受け、
「僕は今までどおり、毎朝タイムカードを押して、帰りもきちんとタイムカードを押して、がいいなあ。そうしないと、仕事とプライベート、頭が切り替えられないんだよね」
という人は、裁量労働制の適用を受けない、ということが保障されているわけです。
この点,規制改革会議雇用ワーキング・グループの平成25年5月9日議事概要によれば,
①対象業務につき,現在は企画,立案,調査,分析に関する業務に限定されているところ,その対象業務を拡大する,
②対象業務に従事している状態に関し,「常態として」ではなくて「主として」従事していると評価できれば適用を認める,
③労使委員会による事業場ごとの決議を行い各事業所管轄の労基署に届け出るという手続要件を緩和し,企業単位での本社一括届出を可能にする,
という方向での要件緩和方針が打ち出されている。
(説明)
①はもうお分かりでしょう、もともと適用対象の業務は(少なくとも建前上は)
「資格はないけどかなり専門的で、経営者をサポートするようなお仕事」に限られていた
のに、それに当てはまらない業務にも、さらに対象業務を広げて行こうというわけです。
②については、これまでは、企画業務型裁量労働制を適用できるのは、「常に専門的なお仕事をしている人」に限れていました。「常態として」というのはそういう意味ですね。
それを、だいたいの時間は「専門的なお仕事」をしているけど、ときどき、上司から命じられて書類を作るような、「裁量のない、ふつうのお仕事」もしているというような場合でも、「主として」対象業務に従事していれば、適用対象として認めてしまおう、というわけです。
③は、現在、企画業務型裁量労働制を導入しようとすると、たとえば一つの会社でも「東京本店」「大阪支店」のように複数の事業場がある場合には、事業場ごとにいちいち「労使委員会」というものを作って、それぞれ決議をして、それぞれの場所の労働基準監督署(労基署)に届け出なければならないことになっています。
だから、「大阪支店では導入されるが東京支店では導入されない」ということも、もちろんその逆も、ありうるわけです。
ところが、今回の安倍内閣の「規制改革実施会議」では、「東京本社一括で、全社的に同時に導入する」というやり方を認めようというわけです。
こうなると、「東京本店も名古屋支店もOKだと言っているのに、大阪支店の連中だけはイヤだと言っているから、大阪だけ導入できない」というようなことがなくなって、使用者には好都合でしょうね。
しかし,裁量労働制においては,労働の量や期限は使用者によって決定されるので,命じられた労働が過大である場合,労働者は事実上長時間労働を強いられ,しかも時間に見合った賃金は請求し得ないという事態が生じるという問題がある。
(説明)
「裁量労働制」とはいうものの、労働者に裁量が認められているのは仕事の「進め方」だけであって、「仕事の量や期限」を決めているのは、使用者であることに変わりはありません。
そうすると、「裁量労働制」のもとでも、大量の仕事を命令されてしまうと、労働者はそれをこなすために、1日12時間も13時間も、あるいはそれ以上に働かなければならないことになってしまいます。
しかも、「裁量労働制」は、「現実に働いた時間に関わらず、8時間働いたとみなす」という制度です。タイムカードもありません。
そうすると、1日に12時間も13時間も、あるいはそれ以上に働いても、1円も割増賃金(いわゆる残業代のことと理解しておいてください)を払ってもらえないということになるのです。
また,その実態においては,事実上裁量性があるとはいえないような就労についてまで,裁量労働制の届出さえ出せば,青天井の長時間労働を行わせても時間外手当を支払わなくてもよいと認識する悪質な事業者も散見されるのが実情である。
(説明)
さきほど、企画業務型の対象業務、「企画、立案、調査、分析」が何を指しているのか分かりづらい、つまり 「もやもやしている感じがする」 と書きました。
さて、そうなると、いつもあくどいことを考えている 「ブラック企業」 さんが何を考えるか、少し考えてみれば明らかです。
実際は「仕事の進め方に裁量がある」とは言えないような労働者についても、
「経営戦略室主任」とか何とか、いかにもそれらしいネーミングでもつけて、
「あなたは仕事の進め方に裁量が認められるから、企画業務型裁量労働制でいいよね!
じゃあ、タイムカードはもう用意しないから、よろしく!」
とするでしょう。
労働法を知らず、労働組合にも入っていない労働者だと、
「はあ、そんなもんですか・・・・」
といって、会社が用意した同意書に名前を書いてハンコを押して・・・
はい、いっちょうあがり!
明日から、24時間365日、残業代なしで、働いてもらいますよ!!! (イヒヒヒ・・・)
こんな話、弁護士やってればちょくちょく耳にする話ですから。
労働時間規制は,労働法規の根幹をなす大原則である。
裁量労働制において,例外として労働時間規制の対象外とされることが許容されるのは,その労働が創造的労働のための裁量性を本質とするものであり,対象労働者がどこで,何時間,どのように業務を遂行するかの自由(自律性)を有するからである。
現行法は,そのような意味で裁量労働制の適用対象を限定し,かつそれら対象業務に「常態として」従事している状況でなければ適用対象とはならないものとするのである。
(説明)
1日8時間、週40時間という労働時間規制は、労働法規の根幹をなす大原則です。
そもそも、日本国憲法は、その27条2項で、
「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」
と規定しています。
国の「最高法規」たる憲法が、「労働時間については法律でちゃんと基準を決めなさい」と言っているのです。
1日8時間、週40時間というのは、ただの法律の条文ではないのです。
「象徴天皇制」(憲法1条)、「戦争の放棄」(憲法9条)、「個人の尊厳」(憲法13条)、「法の下の平等」(憲法14条)、などなどと同じレベルの問題なのですよ。
また,現行法が企画業務型裁量労働制の導入において事業場ごとの労使委員会議決を要するものとした趣旨の一つは,その議決において事業場ごとの事情に応じた健康・福祉確保措置,苦情処理措置を確保させることにより,裁量労働の対象となる労働者が際限のない長時間労働に拘束されることを防止する点にある。
しかるに,裁量労働制の適用対象業務を無限定に拡大したり,適用対象業務以外の業務にも恒常的に従事している場合にも適用を認めるならば,業務の裁量性・自律性がない場合にまで労働時間規制を及ぼせないことになる。
そのような事態は,労働時間規制の例外である裁量労働制の許容性の限界を超える。
(説明)
何だか難しい表現になっていますが、要するに、
「そんなに要件を緩めてしまったら、マクドナルド店長事件で有名になった 『名ばかり管理職』
ならぬ、『名ばかり裁量労働者』 が増えてしまうぞ!
そうなったら、際限のない長時間労働 → 来る日も来る日も長時間労働
→ 過労死へまっしぐら だ!
これはさすがに 許せないぞ!!!
また,労使委員会の議決の届出を本社一括でよいとする手続要件の緩和も,事業場ごとの労使自治を軽視するものであり,各事業場における過労防止対策,苦情処理制度構築の機会を奪うものである。
この要件緩和は,本社の決定によりその企業体の全国の事業場で労働時間規制除外が可能となり,各事業場において「本当にその業務が裁量に委ねられた業務と言えるのか」を検討した上で制度導入の可否を決する途を閉ざすものであり,極めて問題である。
(説明)
そもそも、「大阪支店」と「東京本店」とで、同じ「経営戦略室」という部署があったとしても、仕事の内容はかなり違う、ということは十分にありえますよね。
本当に、「裁量労働制」を適用できるほど、「裁量のある働き方」になっているのかどうか。
大阪支店のことは、大阪で働く人にしか分かりません。
東京本店のことは、東京の人にしか分かりません。
だから、裁量労働制を導入するかどうかは、大阪は大阪で、東京は東京で、それぞれ、別々に話し合ってきめなければならないはずです。
「東京で全社一括で導入を決めました」 なんて言われても、大阪の人は納得できませんよ。
「大阪のことは大阪で決めるがな。
なんでうちらの働き方を、こっちの事情も知らん、東京の人らに決められなあかんねん!」
日本再興戦略に先立ち発表された規制改革会議の答申では,企画業務型裁量労働制の適用労働者の割合が調査対象企業の労働者の0.3%と少数であることを見直しの理由とするが,そもそも企画業務型裁量労働制の導入は,「裁量」の名の下に労働時間が無制限となってしまうことを防止する観点から,慎重でなくてはならない。
単に適用労働者が少ないことを見直しの理由とするのは,乱暴な議論である。
(説明)
規制改革会議の答申は、「企画業務型裁量労働制の適用労働者の割合が0.3%で少なすぎる。これじゃだめだから、もっと増やそう」というものです。
・・・へ?
「サイコロを600回振って、100回しか1の目が出ないのは、少なすぎる。
これじゃだめだから、2の目をやめにして、1の目を2つにしよう!」
と言ったら、どうですか?
そもそも、サイコロの「1」の目を2つに増やす必要、あります?
何のために増やすの? 増やしたら何かいいことありますか?
増やしたら誰か、得するの?
そこを議論しなくちゃ。
「0.3%は少ないからもっと増やさなあかん」って、いくらなんでもメチャクチャでしょ、それは。
当連合会は,このような方向性での労働時間規制緩和に反対する。
(説明)
日弁連は、こんな 「労働時間規制緩和」 は絶対に認めないぞ!!!!!
(最後まで読んでくださって、ありがとうございました。)