8/9 交通事故で全塗装の費用が損害として認められるか

Category - 交通事故 作成者:髙橋 裕也

 交通事故で自動車の車体が傷ついた場合,板金補修をするとともに,その部分だけを塗装し(部分塗装),周囲をぼかしながら事故の痕跡が分からないよう修復していくのが一般的です。

 では,部分塗装による色むら等を嫌がり,板金補修をした上で車の全塗装をした場合,全塗装の費用は事故の損害として認められるでしょうか。

 交通事故の裁判では,基本的に部分塗装の費用しか損害として認められず,全塗装の費用が損害として認められるのは極めて例外的な場合といえます。

 これは,部分塗装による色むら等は専門家でないと見分けられない程度であること,全塗装を認めると原状回復以上に利益を得てしまう(事故と関係のない部分まで塗装してもらえることなる)ため不当であるといった考えに基づくものです。

 全塗装の費用を損害として認めた例としましては,事故でバッテリーが破損し,バッテリー液が車体のどこに飛んだか分からないため全塗装の必要があったとして,全塗装の費用を損害として認めた裁判例(東京地裁平成元年7月11日判決)などがあります。

 また,最近の裁判例としましては,自保ジャーナル№1899(2013年8月8日号)で紹介されている東京地裁平成25年3月6日判決(控訴中)において,被害車両の塗装方法が特殊なものであることを理由に全塗装の費用が損害として認められています。

 この事件では,被害車両には「キャンディー・フレーク塗装」という特殊な塗装が施されていたのですが,裁判所は「原告車の損傷を補修するに当たって,非補修部分と同様の色調ないし光沢を部分的に再現することや,擬似的な部分塗装とぼかし塗装などの技法を組み合わせることによって補修部分と非補修部分との色調ないし光沢の違いを解消することは技術的に極めて困難であるといわざるを得ない」ことから,「原告車の損傷を補修するためには,キャンディー・フレーク塗装により車体全体を再塗装することが必要である」として,全塗装の費用を損害として認めました。

 裁判所は,被害車両の塗装方法が特殊であり,全塗装を行う必要性があることから,全塗装の費用を損害として認めたのです。

 なお,被告(加害者側)は,被害車両が特殊な塗装をしていたことについて「原告は,自動車の運行に係る効用とは無関係で,かえって損傷した場合の修理費用を無用に増大させる塗装をしたことにより損害の拡大に寄与したというべきである」として修理費の7割を減額するよう主張したのですが,裁判所はキャンディー・フレーク塗装が「自動車に関する趣味ないし嗜好の対象としてある程度の一般性を有している」こと,「自動車に対してその所有者がいかなる加工を施しても,法令に違反するなどの特段の事情がない限り,当該加工を非難の対象とする理由はない」ことを理由に,修理費の減額は行いませんでした。