8/2 交通事故訴訟での弁護士費用の請求について

Category - 交通事故 作成者:髙橋 裕也

 交通事故の裁判では,治療費,休業損害,後遺障害逸失利益などといった損害について損害賠償の請求をすることになりますが,そうした損害のなかに「弁護士費用」というものがあります。

 弁護士費用といいましても,弁護士に依頼したときに実際に支払うお金(着手金,報酬)が損害として認められるのではありません。

 裁判所が,認容額(加害者が支払うべき金額)の10%程度を基本としつつ,事案の難易や認容額,その他諸般の事情を考慮して決めた金額が,弁護士費用にかかる損害として認められることになるのです。

 最高裁判例でも,「自己の権利擁護上,訴を提起することを余儀なくされた場合」においては,弁護士費用のうち相当な範囲の額について損害として認められるとされています(最高裁昭和44年2月27日判決)。

 交通事故の裁判では,原告(被害者側)の弁護士費用の請求に対し,被告(加害者側)は弁護士費用の金額を争うことになるのですが,被告(加害者側)が訴訟提起前の示談交渉を理由に「弁護士費用は損害と認められない」と主張する場合もあります。

 自保ジャーナル№1898(2013年7月25日号)に掲載されている金沢地裁平成24年10月12日判決をみますと,被告(加害者側)は弁護士費用について以下のように主張しています。

 「被告の保険会社は,原告に対し,1億1753万4407円の提示をしたにもかかわらず,原告は何らの応答をすることなく,いきなり本件訴訟を提起した。本件は訴訟という手段を用いなくとも話し合いにより十分解決が可能であるから,弁護士費用は本件事故と相当因果関係にある損害とはいえない」

 被告(加害者側)は,原告(被害者側)が事前の金額提示に応答することなく訴訟提起しており,本件は訴訟でなく話し合いで解決可能であるから弁護士費用は認められるべきでないと主張したのです。

 裁判所は,弁護士費用について以下のように判断しました。

 「なお,被告は,本件は訴訟という手段を用いなくとも話し合いにより十分解決が可能であるから,弁護士費用は本件事故と相当因果関係にある損害とはいえない旨主張するが,被告の主張する本件訴訟提起前の提示額が上記残額と比較しても少額であることからすると,原告が本件訴訟の解決を訴訟によることにしたことが不当なものといえないことは明らかであって,被告の上記主張は採用できない」

 裁判所は,訴訟提起前の提示額が裁判で認められる額よりも少なく,訴訟により解決しようとしたことは不当でないことは明らかであるとして,弁護士費用を損害として認めました。

 また,自保ジャーナル№1885(2013年1月10日号)に掲載されている仙台地裁平成24年3月26日判決をみますと,被告(加害者側)は弁護士費用について以下のように主張しています。

 「本件は,事前の示談交渉が全くなく,いきなり提訴されたものである。弁護士費用は,示談交渉をしても解決が付かずやむなく提訴したという事情がない限り認められない。」

 被告(加害者側)は,事前の示談交渉がないことを理由に弁護士費用は認められないと主張したのです。

 裁判所は,弁護士費用について以下のように判断しました。

 「これに対し,被告は,原告らが示談交渉に応ずることなく,訴訟提起したから弁護士費用は認められないと主張する。しかし,被告の上記主張は採用の限りではない。すなわち,①原告らには裁判を受ける権利があって,訴訟提起前に被告の保険会社側と示談交渉に応ずる義務もなく,被告が要求する書類や,個人情報の取扱いに関する同意書を提出する義務もなく,直ちに民事訴訟をすることは自由である。また,②実際にも本件訴訟において原告らの主張する損害額と被告の主張する損害額との間には相当な隔たりがあって,本件訴訟の提起は避けられない客観的状況にあったものといえるから,被告の上記主張は採用の限りでない」

 裁判所は,①原告(被害者側)が訴訟を提起するのは自由であり,訴訟前に交渉を行う義務はないこと,②原告(被害者側)の主張する損害額と被告(加害者側)の主張する損害額には相当な隔たりがあり,訴訟提起は避けられない客観的状況にあったことを理由に,弁護士費用を損害として認めました。

 こうした裁判例をみましても,裁判所が「被害者が訴訟前に保険会社と示談交渉しなかったこと」を理由に弁護士費用を全く認めないことは考えにくいと思いますが,最高裁判例が「自己の権利擁護上,訴えを提起することを余儀なくされた場合」について弁護士費用は損害として認められるとしている以上,事前交渉と弁護士費用の問題は争点になり得るのだろうと思います。